【始まりを探して】片瀬山近隣ネットその2

発足のきっかけは2004年10月の新潟県中越地震

ちょっと片瀬山近隣ネットその1(昨年11月)から間が空きましたが、それに続いて近隣ネットの始まりの頃のお話を、初期の活動をけん引したチームのSさんに聞きました。

東日本大震災の前から構想し、組織化を進めていたそうですが、何がきっかけだったのですか?
Sさんーー1995年1月の阪神大震災の後、約9年過ぎた2004年10月に新潟県で大きな地震が発生し、中心部で震度は7、死者は災害関連し含めて68人負傷者4800人を数えました。

新潟県中越地震で脱線した上越新幹線 

実はその2004年の段階で南関東では今後30年以内にM7程度の地震発生確率は70%***と伝えられていました。
また当時から、神戸の震災の教訓を踏まえて大規模災害において公的な助けというのは、スピードとそのきめ細かさという点では限界があり、命を守るためにはご近所どうしのつながり・助け合いが大事だ という話が教訓として伝えられていました。

この中越地震で、いよいよ地震が迫ってきたと感じたわけです。自分の家の近くの高齢者の住む家など助けの必要そうな家を地図に記してみて、これは何かあった時ご近所組織で助け合わないと大変な事になる と実感したわけです。

災害初期段階はご近所の力で生き残る事が大切

そこでリタイヤ世代を中心とした有志メンバーで相談を始め、防災ボランティア組織のコンセプトをまとめました。
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●緩やかな地域の連帯を目指す組織
●平時の活動
・ある程度「支援者・防災ボランティア」と「要援護者」の世帯情報を共有
・班単位程度で中核となる人をリーダーとして当年度の自治会班長と連携・サポートする
・災害発生時の対応の仕組みを整える
(機器整備、訓練、救助、初期消火、援護、避難施設運営支援・・)
●災害発生時の活動
・平時の準備を元に救助・初期消火等で声をかけ、メンバーで行動する
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このようなコンセプトをまとめ(2006年5月)、その約半年後2006年11月、地域の防災会議の場で実行が了承されたわけです。

当時の説明に使われた図 班長と防災リーダー(近隣ネットリーダー)の関係を示す

結構重たい提案だと思うのですが、同意を得るのは大変だったのではないのですか?
Sさんーーこの時は「カタカナ名より”隣組”の方がよい」とか「正式な自治会組織にするべき」等の意見が出たのですが、身軽に動ける活動として緩く多くの人を巻き込み、かつ継続的な活動となるように という狙いで「近隣ネット」という名前と、自治会の「外郭団体的な組織」として何とか了承を得る事ができました。

こうして近隣ネットの種は蒔かれました。
まずは5丁目でスタートして、それを順次各丁目に展開したわけですね
Sさんーーはい。2007年春、助けが必要な人、助ける人(助ける事が可能な人)が誰なのか?を5丁目でのアンケートで知る事から始めました。
5丁目での調査で「助けが必要な世帯」が18%余り、一方で「助ける人」として支援者になってもよいという人のいる世帯17%程度と判明しました。
これに倣って5つの自治会でアンケート調査が開始され、2007年度末までに、支援者ボランティアの登録が行われました。5自治会のうち、3つの自治会では順調にボランティア登録が進み、その組織化の動きが開始されたのですが、2つの自治会では説明会自体への参加が低調だったり、反対論が強かったりで実質的に登録が進みませんでした。

2008年度末時点 第1回目のアンケートを受けて組織化を開始した頃の各丁目の進捗報告の概略

これらは全部2011年の東日本大震災より前の事です。当時はまだ災害の危険性の感じ方には差があったのはやむを得なかったと言えます。そうした違いを乗り越えてこの構想を具体化するためには、各自治会の実態に合わせた進め方が必要でした。

中越地震の3年後に起きた中越沖地震の話に実は勇気づけられてました。
阪神・淡路大震災 1995年 1月17日 
中越地震     2004年10月23日 M7.0
中越沖地震    2007年 7月16日 M6.8
この中越沖地震では、近隣助け合いやボランティア活動の仕組みが進化し、地震規模の割合にしては被害が大きくならなったといわれる報道があったからです。


レポーターの視点:阪神大震災で言われた「ご近所の力」という掛け声はもっともです。それを掛け声に終わらせず、具体的に①事前に助ける人と助けられる人を名簿という形で調べておく。②助ける側も不在も想定してゆとりを持たせた数のボランティアが自治会と共同して救助活動を行う という仕組み、③定期的に訓練をする事で進歩する仕組み という形にまとめ上げて、実際に起動した所が素晴らしいと思いました。
次回はこの年うまくいかなかった自治会である3丁目自治会で、伝道師ともいうべき役割を果たして、今では片瀬山で一番と言われる仕組みを立ち上げたKさんのお話です。

***政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価」平成 16 年 8 月 23 日)