片瀬山自治会協議会防災部会・自治会役員有志が避難所開設をサポート
警報発令とともに道路混雑
7月30日朝のカムチャッカでの巨大地震による津波警報で(午前9時40分すぎ)、携帯電話の一斉連絡や海岸方面でのけたたましい連続サイレンに驚いた方も多かったと思います。そして多くの方が勤め先で足止めされて自宅に戻れなくなりました。片瀬山ではテレビに見入っていて気付かなかった方もおられたと思いますが、片瀬山のメイン道路はなかなかすごいことになっていました。しかしそうした事態も予測されていて、災害時には片瀬地区からの避難の車が片瀬山住宅地に駐車する事について片瀬山側も協力することになっており、そのことは何回か周知されています。(2020年、2016年、2015年の防災だより)

片中での避難者受け入れと交通整理を開始
「高台への避難」を繰り返し伝える警告により片瀬地区の方や観光客が車でやってきて、片瀬山のメインストリートは両側駐車状態になりました。そして10時半頃には片瀬中学には、多くの方が避難を希望して訪れることになりました。
片瀬中学での避難所開設をサポートする役割の片瀬山自治会防災部会の方で在宅していた有志の方々が、中学校の方と相談の上、まず、
1中学での避難者の皆さんの受け入れ活動
(避難場所の割当、避難者・要配慮者へのサポート等)
2交通誘導による片瀬山内の交通混乱を防ぐ活動
(炎天下でしたが、片中への流入防止・緊急車両が通れる車幅確保・住民の車の移動確保等のために車両の誘導・移動要請等)
を行いました。
片瀬市民センターの方も到着し、お昼過ぎになると、避難者の数は約280名となりました。
車椅子の方、ペットを連れた方、外国人の一時滞在の方、学童保育の集団避難等様々な方が避難してきました。

昼過ぎをピークに280人その後減少して午後8時に終了
片瀬中学前のスーパーやまかが営業を続けてくれていたので、多くの方が昼食や飲料をそこで調達して過ごしました。(大坂の下の富士スーパーは休業)
実は、片瀬地区以外の観光で来ていた方(湘南ナンバー以外)も道路に駐車して車内にいたのですが、夕方までにはほとんど姿を消しました。
昼から夕方になって少しずつ避難者の方は減り始め、お迎え(中学生や、集団避難してきた学童保育の小学生等)の方も増えてきて、午後6時の時点で避難者の数は50名強となりました。その後津波警報が注意報になったこともあり、最終的には午後8時頃に避難者の数は0名となり、避難所は閉鎖となりました。この間、有志の皆さんは交代しながら、片瀬市民センターから派遣されてきた市職員の方たちと協力して、最後までサポートにあたりました。片瀬中学は片瀬地区でほぼ最後まで開いていた避難所になりました。


多くの気づき
大災害が本当に起きた場合は、避難してきた方たちに運営をバトンタッチするのですが、現実に災害が発生せずに避難が解消し、閉鎖となったのは良かったです。今後の避難所開設サポートに関して多くの気づきがあったので、今後それらを忘れないうちにまとめて、生かしていこうとメンバーの皆さんで語っていました。

今後、そうしたまとめ作業等が進んだ段階で、改めて今回の避難所開設についてご報告したいと思っています。まずは速報致しました。(Reported By S)