名もなき名所が富士見坂として知られるようになるまで
片瀬山富士見坂 その眺望で知られるところ
「富士見坂」といえば、片瀬山の住民でその名と場所を知らない方は少ないと思います。GoogleMapにも表示されます。また、片瀬・藤沢市内でもその名は良く知られています。眺望がすばらしく、誰あろうこのホームページのトップも薄暮の富士見坂から富士山と相模湾と三日月を撮影したものです。
ここにその名がついたのはそれほど昔の話ではありません。
最近はこの場所も少々有名になり過ぎて、年末年始などはかなり多くの方が来るようになりました。でも住宅街の一部ですから観光地ではありませんし、地元住民の通行や生活に差し障りが出るのも困ります。静かな環境で風景を楽しんでほしいのですが、最近では落書きなどの迷惑行為も発生していると聞いています。地元を愛する様々な人がこの場所を大事にしてきたことを知ってもらうためにも、今回はその命名のいきさつをご紹介してみようと思います。

昔から知る人ぞ知る場所、でも特に名前はなかった
実はこの場所は「関東一の眺望」と言われたゴルフ場から海を見渡す場所だったのです。ここから富士山を横目に江の島・相模湾に向かって打つ気分は最高だったと思います。(⇒ゴルフ場だった頃の眺望についての記事)

片瀬山住宅地が三井不動産によって造成され、その4丁目から5丁目に降りていく坂道として、眺望を楽しみながら歩く石畳の歩道が整備されました。そこが今でいう富士見坂です。
片瀬山第1期のパンフレットには未計画なのですが、翌年には実際の工事写真に登場していますので、造成の比較的早い時期に追加されたらしいことがわかります。

道の両側には桜が植えられ、その石畳は当時東京市街から姿を消した都電の石畳を移設したと伝えられています。50年以上たった今も桜は美しく咲き、その時期は石畳を花びらがピンク色に敷き詰めます。私もここで育った者ですが、当時この場所の名前は特に聞いたこともなく、でも住民は「あの富士山の見える景色の良い坂道」でわかっていたというのが実感です。

2009年(平成21年)頃 片瀬・江の島まちづくりの会の活動で名前がついた
転機が訪れたのは2009年頃、「片瀬・江の島まちづくりの会」という会で、地域の魅力的な場所を再発見して名前を付けよう!という活動からです。地元への愛着を高めるとともに、対外的にも魅力を発信することにつながる、との考えでした。
この会は今に続く「片瀬・江の島まちづくり協議会」の前身となる会でしたが、そこで活動した片瀬山のUさん(女性)にお話を聞くことができました。
Uさん:どちらも当時はまだ名前がなかったけれど、今の富士見坂と乙女坂(白百合中高校の前の坂道)の場所を、そこにまちづくりの会として名前を付けよう という話になったんです。

Uさん:名づける場所が決まって、次にその名前を公募することになりました。当時片瀬山の自治会で活動されていたKさんとは、謡曲の会のお知り合いだったので、お願いして名前を募集してもらいました。たくさんの名前の提案があったのですが、石畳の道は断トツ一位で「富士見坂」となりました。当たり前気味の名前だったのですが何といってもそのものズバリだったので、詳しく説明しなくてもわかったからです。白百合中高の前の坂は「乙女坂」で、これもちょっと当たり前気味ですが、やっぱりわかりやすい。当時のまちづくりの会の会長さんが目白山出身だったこともあり、その後もがんばって活動されて、道標が設置されました。
(⇒編集部 現在の表示を撮影)


案内板の設置!
そのように名前が決まったのはよいのですが、皆さんに知ってもらうには道標だけでは弱いなあという感じを持っていました。そんな頃、お正月に富士見坂で親戚を案内している方がいて、たまたま横を通りかかったのですが、どうも不正確な説明なんです。それで、案内板を設置したらよい と思いついたのです。

次回は案内板の設置から新たな展開を見せた富士見坂についてです。
