【この人に聞く】狩猟とパッチワークと長芋

昔ながらの快男児・金子守男さん

今日訪れたのは片瀬山1丁目にお住いの金子守男さん宅。陽春の日差しを受け、手入れの行き届いた幾つもの植木鉢に色とりどりの花々が玄関先いっぱいに咲き誇っており、さすが元花屋さんだ。

金子守男さん、昭和11年12月生まれの84歳。戸塚駅西口前の花屋の2代目、初代のお父様より32歳で花屋を受け継ぎ、30年間花屋家業を続け62歳の時に店をたたみ、2000年に片瀬山に居を移した。金子さんの人生信条は「身に付けられるものは、すべて身に付ける」「出会いの中に好奇心とロマンを求める」だと言う。

金子守男さん

狩猟、スキー、野球、柔道、海釣り、昆虫採集、畑仕事とアウトドア派かと思えば、民謡に三味線、パッチワークと数々の小物人形の制作等のインドア派にと幅広く活動、文化面では小中高のPTA会長を務めるなど、様々な体験が金子さんの人生模様に彩りを付けてきたのであろう。話題豊富な上、聞き手を引き込む話し上手でもある。奥様に言わせると、一旦話し始めると止まらなくなるほど長くなるそうだ。今日はその人生信条に裏打ちされたこれまでの出会いとロマンについて話を伺ってみた。

さて、狩猟は父親から酒と共に教わったという。猟銃所持許可証、狩猟免許証を取得し15年間、毎年北海道に渡り20頭ほどのエゾシカを射るまでになった。初めの頃は羽物(鳥類)を狙ったが当らず、何回もこれが続くと発砲しても猟犬は動かず不貞腐れて寝そべってしまう有様で猟犬にまで馬鹿にされたと笑う。経験を積んで腕を上げ、いよいよ体重200キロオーバーの大鹿(頭部を剥製にして家に飾っている)を仕留めた時は快感よりも気が滅入ったという。また伊豆にもよく出かけ、猪や鹿も仕留めた。今は毎朝、数々の殺生への弔いで般若心経を唱えているという(合掌)

左 北海道での狩猟  右 ご自宅にあるは剥製

そしてスポーツ。野球は子供の頃から続けて藤沢商業野球部ではレギュラー、50歳の時には横浜スタジアムで神奈川県商店街野球大会に投手として出場した。その後戸塚野球協会初代審判長に任命されたと話す。

昭和62年かもめ杯商店街対抗野球大会にて

スキーは三浦雄一郎スキー学校で学び一級を取り、インストラクターを目指すも試験直前脚にケガをして断念した。
柔道は初段黒帯である。
片瀬山に移り住んでからは地の利を生かし週一で海釣りに専念、釣り舟で相模湾をめぐった。

傍ら、片瀬山に飛来する蝶38種を新林公園や自宅の庭(蝶の通り道)で蝶の採集と標本箱作りに余念がない。中でも海を越え1000キロ以上も旅する渡り蝶アサギマダラや外来種で中国に生息するアカボシゴマダラなど珍しい蝶も採集している。片瀬山は蝶の採集家の間では適地として知られているとの事である。
山野を駆け巡ったり、海釣り三昧の日々に終止符を打ったのが腰痛で、70歳を過ぎたころから徐々に傷みが増してきてとうとう手術(脊椎間狭窄すべり症)を受ける事となった。今から10年前の事である。 それでも奥様の心配をよそに畑地を借りて野菜作り、片瀬山美化運動での花壇作り等、動きは止まらない、さすがに最近では庭いじりに留まっているようだ。

その一方で、好きだった民謡が昂じて三味線習得の為、影澤流に入門し35年、遂には名取、師範の許状を得ている。家元から號「影澤洸宝」を授かったが、津軽三味線に傾倒の余り肩を痛め、止む無く継続を断念した。今では片瀬山わかやぎ会の「お楽しみ会」に呼ばれて、民謡と三味線の腕前を披露している。

パッチワークの制作のきっかけは孫のおくるみを作ったのが始まりで、もともと小学生の時にやった家庭科の運針が好きだったとか、針仕事は嫌いでないと言う。
友人の奥さん4人(パッチワークの先生達)の食事会に参加し、そこでパッチワークに出会い、その後も集まりの度に出かけて行き、パッチワークの面白さにのめり込んでいった。2003年67歳の頃である。現在も制作を続けており、今までに作ったタペストリーは30枚程、小物に至っては数知れずとの事である。

蝶好きな金子さんはパッチワークの題材に蝶のデザインを多く採用している。

蝶を題材にしたパッチワーク
愛らしい小物のいろいろ

市民ギャラリー作品展には毎年出展している。2m×3mの大型作品の制作に手を付け始めると、朝早くから夜遅くまで、食事もそこそこに作品に向かい合っている。日がな一日、運針に勤しんでいる姿は山野を走り回って来た姿とは全く違う。日に焼けた高齢男性と縫物の関連が同時代を過ごしてきた筆者には想定を超えたものと映った。しかし感性と美の追求はテーマに拘らず、また男女誰でも出会いと好奇心とロマンにいざなわれて入り込んでいくものと理解した。

市民ギャラリーへの出展作

そして最後に長芋の研究が登場する。金子さんは山中で山芋の葉を見つけては蔓をつたって慎重に山芋を掘り起こす。やはり自然で育つものは旨い。そこで、山芋を自宅の庭で栽培を試みた。しかし片瀬山の埋立土では上手く育たず、山芋から長芋に切り替え、鉢や露地ではなく塩ビ管や瓦、ペットボトルの筒の中で育てることにした。いろいろ試した結果、孟宗竹が一番栽培に合っていると云う。好奇心旺盛な金子さん、さらに次なる研究のアイディアが湧き出てくる。長芋をペットボトルの中で栽培中に、ストレスを与えたらどうなるか? 即ち長芋の蔓の巻き方(普通は時計の逆回り)を人為的に逆にするとか伸びた長芋がペットボトルの底に当たったらどうなっていくのか等、試してみるのも面白いのではないかと、悪戯っ子の目をして話す。今、庭には100本ぐらいの新芽があるので、小学生に実験の教材として使って貰うのも楽しいだろうと金子さんの次の夢は尽きない。
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話はまだまだ続きそうだ。話が尽きない分豊かな人生を送られてきたのだろう、今日はほんの一部だと笑うがハラハラしながらご主人の活動を見守りつつ、家を守って来られた奥様の支えがなければ今日の金子さんはない。
されど、本人より奥様への心より感謝の言葉はまだ先のようだ。(Interviewed By M)