【はじまりを探して】創立の頃 前編~片瀬山幼稚園ものがたり2

住民の願いで生まれた幼稚園は大発展した

切実な願いが実る
53年前の昭和45年(1970年)この年発足したばかりの三丁目自治会主催の住民集会が開かれました。会場となった片瀬中学校体育館では、出席した三井不動産担当者に対して、「片瀬山幼稚園の早期建設」について住民側から熱心で切実な要望が出されました。まだ片瀬山には、ぽつぽつと家が建ち始めた程度でしたが、子育て世帯が次々と移り住み始めて、幼少の子供が安心して通える幼稚園が必要という要望はさし迫ったものでした。その熱意にこたえて三井不動産が運営するポーロニア学園片瀬山幼稚園は昭和47年(1972年)4月に開園しました。住民の要請で開園時の園長先生は三井不動産関係者の中川園長先生でした。

開園当時の片瀬山幼稚園入口(遠藤 現さん提供)

建物を設計したのは巨匠フランク・ロイド・ライトの最後の日本人弟子として知られる建築家 遠藤 楽さんで、幼稚園を含む学校建築で多くの作品を残しています。かっこいい園舎で、父兄もそんな有名な方の設計とは知らなかったのですが、皆さん一目で気に入りました。

園児の急増
昭和47 年(1972年)開園時、年長・年少各1クラスの合計約40名でスタートを切りましたが、開園2年たった昭和49 年頃から途中入園も含めて園児が急増します。たとえば昭和48年の年少組クラス入園22名が2年後の卒園時は58名になりました(→下記写真)。

昭和48年の入園写真21名 この中の写真は親と先生の方が多い これが・・
昭和50年春の卒園写真は子供ばかり58名!

このような調子で急増し、開園から6年目の昭和53年(1978年)4月にはピークを迎え、年長組88名、年少組72名の合計160名を数えるに至ります。クラスも各組2クラスとなりました。片瀬山以外からの園児も増えて、年長36名・年少35名が片瀬山外でした。この頃はこうした背景もあり、願書をもらうために朝早くから並ぶ必要があったそうです。
行事イベントが盛りだくさん
「親も子どもと一緒に幼稚園に参加する。」という園の方針があり、また「自主性を尊重し勉強やしつけについて細かい介入はしない」という事で、多くの行事や楽しいイベントが通年あり、親も参加するものが数多くありました。
〇遠足/社会見学
色々な所にでかけました。親子で参加する場合もありました。

小田原城遠足 親も参加

小田原城、横浜海洋科学博物館、横浜マリンタワーその他たくさんの所に行きました。

横浜海洋科学博物館 見学会

〇プールあそび:幼稚園から片瀬山プール(今の片瀬山入口交差点横の防災倉庫になっている場所にあった)へ水着姿で歩いて移動しました。

片瀬山プールへ水着のまま歩いて移動 
1977年航空写真 片瀬山プールがあった頃
片瀬山プールからは湘南モノレールがよく見えました 湘南モノレール提供

片瀬山プールは住民には大幅な割引があり(大人200円)ご家族みんなでよく利用されました。このプールも三井不動産の運営でした。

〇芋ほり🍠

芋ほりは楽しい

このほかにも、お遊戯会お泊り会があり
父の日には父親参観があり、敬老の日にはおじいちゃんおばあちゃんをご招待しました。お誕生会もあって、これは親子参加でした。
さらに、餅つき会がありました。

〇運動会 運動会は幼稚園横にある片瀬山西公園で開催されました。すごく広い運動場に見えますね。この時はお父さんお母さんも出場しました。

そして卒園式では、園長先生から梅の苗木がプレゼントされました。以前ご紹介したように、この当時は二代目園長の杉山先生がご自分で育てた苗木でした。さて、幼稚園に通っていた子供達やご両親は当時はどんな気持ちでいたのでしょうか 次回はそれをお伝えします。