【はじまりを探して】建築家遠藤楽さんの想い~片瀬山幼稚園ものがたり4~

かっこよくて子供思いの建物はこうして設計された

片瀬山幼稚園の建物は多くの人に「かっこいい建物」として記憶されています。当時通っていた子供たちはもちろん、保護者の方々も思い出話を伺うと、そういう答えが返ってきます。建物を設計した遠藤楽さんは著名な建築家で、今回その甥にあたる遠藤現さん**(この方も建築家)にインタビューする機会を頂き、建築物としての片瀬山幼稚園を語って頂きました。遠藤現さんは2017年にこの建物が解体される前にその価値を惜しんで開催された現地見学会の講師をされました。

開園当時の片瀬山幼稚園 手前は片瀬山西公園 片瀬中学敷地南の道路から撮影 以下断りなければカラー写真と図面類は開園当時のもので遠藤現さんご提供です

片瀬山幼稚園は片瀬中学校の南、そして片瀬山西公園の東に隣接していました。園児たちは園庭でも遊ぶことができましたが、西公園でものびのびと遊んだり運動をしたりすることができるというとても恵まれた立地でした。

1977年(昭和52年) 片瀬山幼稚園付近の国土地理院航空写真 開園後5年程たった頃の写真です。

設計者遠藤楽(らく)さんについてご紹介させて頂きます。1927年(昭和2年)建築家遠藤新(あらた)氏*の次男として生まれました。

遠藤楽さん 1927年(昭和2年)-2003年(平成15年)
以下白黒写真は 「作品集」からです

父の遠藤新氏は近代西洋建築三大巨匠として知られるフランク・ロイド・ライトの一番弟子として知られ、ライトと共に旧帝国ホテル(明治村に一部を移築)や自由学園(重要文化財)の設計監理にあたった方です。遠藤楽さんも自由学園を経て建築家となり、お父様と同様に渡米してフランク・ロイド・ライトの元で学び、日本人としての最後の弟子となりました。ライトの流れをくむ「有機的建築」の哲学***を基にした住宅や教育施設等の設計を多く手がけました。その業績は「楽しく建てる 建築家 遠藤楽 作品集」2007年(丸善)にまとまっています。

片瀬山幼稚園は1972年(昭和47年)設計で、その数年前から三井不動産の開発した別荘地のロッジや別荘の設計を複数手掛けていた関係で幼稚園の設計を手掛けることになったと思われますが、詳しい経緯はわかりません。

南方向から園庭を見下ろす位置からの写真 開園当時なので樹木等は貧弱です 園庭側は各保育室から外につながるようになっています

ここから遠藤 現さんにインタビューした内容です。
Qこの幼稚園の建物の魅力はどこにあると感じておられますか?作品集(楽しく建てるー遠藤楽作品集ー2007年刊)によれば、遠藤 楽さんはライト譲りの「有機的建築」の哲学を引き継いでいるということですが、この建物ではどのような部分がそれにあたるのでしょうか?
Aまず「魅力」についてですが、ゆるやかな屋根の勾配が綺麗ですっきりしていますね。2階建てながら低めに設計されていて大地と一体化して無理に主張していません。こうした所がかっこいいと皆さんに思ってもらったのではないでしょうか。また、現代建築は外から見た時の見え方を重視するものが多いのですが、この建物は内側から見た時の視線、特に子供の目の高さの視線でどう見えるか、その視線での外とのつながりを大事にしている点が幼稚園の建物としての魅力でしょう。

西公園との間 の道側から見た正門付近 入口正門側は大谷石の壁と板壁が美しいです。 
西公園から見た写真 前の写真から引いた位置での撮影 左隅に正門が見える

「有機的」というとガウディなどの生物的な曲線を多用した建物がイメージされますが、ライトの建築は幾何学的な直線や正円で構成されています。しかし考え方として、植物が葉を広げ花を咲かせるように、動物の骨格と筋肉のように、建物の空間が流れるように繋がって作られ、周囲の環境に溶け込んでいる事を「有機的」と表現しているのです。

片瀬山幼稚園設計図(1階平面図) 六角形のユニットによる構成になっている 六角形ユニットは通常の四角い90度の部屋より子供にとってやわらかく感じられます。
片瀬山幼稚園設計図(南・東側の側面図)園庭側の広い開口部が目立ちます

先程言った「内側からのそして子供の視線」ということをもう少し詳しく言うと、たとえば天井の高さです。天井の高さがどこも同じなのが良いとは言えません。この幼稚園では狭い所、天井が低い所、そこから天井の高い開けた所に出る時に心地よさを感じるように、柱や設備、空間の配置のバランスとメリハリが上手に設計されています。そしてさらに屋内から屋外に出るために園庭側に大きな開口部を配置しています。対照的に道路からの入口正門側には大きな開口を設けていません。こうした特徴は外部から守られているという心理的な安心感を考慮したもので、ライトの後期の作品群(ユーソニアンハウス)の流れを汲んでいると思います。

2階吹き抜けの柱には目立つ照明がついています
保育室(クラスルーム)左

部屋が六角形の構成だったり、保育室(クラスルーム)ごとに手洗い場とトイレがあって、手洗い場の蛇口や流しの高さは園児の背の高さに合わせて作られているなど子供思いの配慮が至る所に見られます。こうした家具類もすべて設計図に基づいていました。

保育室(クラスルーム)の各室にある手洗い場部分や奥のトイレは天井が低くなっていました。
保育室からの開口部(右)と玄関ホールからの出口を園庭側から見た所

Q.遠藤楽さんは母校である自由学園の校舎を多数設計されていますが、そういった経験が片瀬山幼稚園の設計には生かされているのでしょうか?
A.そう思います。特に自由学園幼児生活団(幼稚園に相当)(1967年 昭和42年)の設計をして、おそらくこれが成功したと感じていたのだと思います。それが5年後の片瀬山幼稚園の設計に生かされています。また細かい所での技術的な進化を感じます。幼児生活団の写真(作品集より いずれも白黒)と比較するとそこで試された色々な工夫が片瀬山幼稚園で受け継がれていることがわかります。

自由学園幼児生活団 園庭に向かって開かれた広い窓
自由学園幼児生活団 子供達の背の高さにあわせた流し(上の図は洗い場の設計図)
自由学園幼児生活団 高さを押さえた2階と屋根の形
自由学園幼児生活団 吹き抜けの2階と柱の照明

Q.次に設備についてです。寝転がって遊べる床暖房が気持ちがよかったと園児や保護者の方が皆さんおっしゃっているのですが、本によれば師のライト氏がオンドルを元に西洋建築に床暖房を取り入れた最初の方とありました。
A.皆さんがそうした体験を覚えていて下さるのは、設計者にとってその名前を覚えてもらうよりは、よほどうれしいと思います。「ライトが導入した」というのはその通りだと思います。ライトが来日した時に大倉男爵のお宅でオンドル(朝鮮式床暖房)を体験して感動し、当時設計していた帝国ホテルで試したというのが最初だそうです。その後アメリカでもGravityHeatingと言って住宅設計に取り入れました。片瀬山幼稚園での採用は確かに非常に早かったと思います。コンクリートに銅管を埋め込んでお湯を通したものです。
Q.遊具類もみんな木製だったと当時の保護者の皆さんがおっしゃっていたのですが、それも遠藤さんの設計なのでしょうか?
A.家具類もすべて設計していたので、おそらくそうだったのだろうと思います。
Q.今日はお忙しい所を貴重なお話と資料をご紹介いただき本当にありがとうございます。
A.こちらこそありがとうございます。

西公園側の道路から見た所 1階右側は遊戯室の窓 左側は職員室の窓 2階はギャラリー


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取材を終えて:こんなに「かっこよくて子供思いの建物」「次代に残すべき建物」が片瀬山にあったのに、閉園後すぐに解体されて本当に残念な事だったと思います。貴重な建物という意味ではあまり知られてなかったのだと改めて思いました。巣立っていった1700人の園児の皆さんが、その思い出とともに素晴らしい建物で育ったことをしっかり記憶にとどめて頂く、この記事がそういう機会になったらうれしいと思います。今回の連載が、片瀬山を巣立った方たちと、ご実家の間をつなぐ話題になればうれしいです。

今回は遠藤 現さんに大変にお世話になりました。またこの連載の初めに多くの保護者の方、卒園生の方のお話を伺い、今回のインタビューにつなげることができました。皆様にお礼申し上げます。 (Reported by S)
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*遠藤 新氏 の設計による藤沢市近郊の建物
 旧近藤邸:藤沢市民会館の前に移築されています 登録有形文化財
旧加地邸:葉山町 現在は宿泊施設 登録有形文化財 
 自由学園 明日館・同講堂 東京都豊島区 重要文化財
  同 女子部校舎群 東久留米市 東京都有形文化財
  東久留米キャンパスの校舎には多数の遠藤楽さんの設計した建物もあります。
  自由学園の建物見学は定期的に開催されます。自由学園ホームページ参照
**遠藤 現さん
遠藤楽さんの弟 萬里氏(遠藤新氏の四男でデザイナー)のご子息(遠藤楽さんの甥)です。ライトの流れを汲む有機的建築を沖縄の地で実践しておられます。「作品集」の編集にも携われました。
***有機的建築
人間の生活と自然界との調和を図る建築哲学。建築物、家具、周辺環境が一体となり、相互に関連し合う構造となるように、敷地との調和を図りながら設計を進めようとする考え方。機能主義的建築と対義となる考え方です。

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